ーー 今回はお忙しい中、ご講演いただきまして、誠にありがとうございます。ご講演に先立ちまして、まず、貴社の業務内容と、神谷様(以下、敬称略)の業務内容をお伺いできますでしょうか?

【神谷】 弊社は、1日に国内線と国際線合わせておおよそ1,000便の飛行機を運航しています。飛行機は約200機強を保有しており、これらの飛行機が世界中24時間365日飛んでいます。従業員は現在約3万3,000人おりまして、その内の85パーセントが、パイロットや客室乗務員、整備員等の現場勤務です。残りの15パーセント、人数で言うと約4,000人は、本社ビルをはじめ、各支社で間接部門として従事しています。

私自身は様々な職場を経験し今に至るのですが、これまでの社会人の半分ぐらいはITをやっておりました。その他は、営業支店や、旅行会社向けのマーケティング、コンサルを経て、現在は人財本部にてワークスタイルの改革を担当しています。
私自身が以前ひどい時には週に2日ぐらい徹夜することもあったのですが、今では全く違った生活をして、なるべく定時に帰れるようにと心がけた生活に変わっています。そんなワークスタイル変革自体は、もう足掛け4年ぐらいになります。

なぜJALは働き方改革に取り組み始めることができたのか?
ーー ありがとうございます。そのようなご経歴をお持ちの神谷様は、今回のご講演でどのようなことをお話しくださいますか?

【神谷】 今回の講演は、弊社のこれまでのワークスタイル改革全般についてのお話になります。「日本航空はどうやってうまくワークスタイル改革をやり遂げたのか?」ということをよくお問い合わせいただくのですが、まず、皆様に冒頭申し上げるのは、率直に言うと、私たちは成功したとかやり遂げた、とは思っていません。現在もいろいろ試行錯誤している最中ですが、最近になって少しずつ手応えが出てきたとは感じています。

弊社の取り組みは、あまり参考にならないかもしれません。というのも、きっかけは皆さまに本当にご迷惑をおかけした、2010年の1月19日の経営破綻にあるからです。再建には公的資金をお借りして、建て直しのチャンスをいただいた背景があります。二次破綻の恐れのある危機感、緊張感の中で建て直しを図っていきました。そのような状況だったので、今回ご参加される皆様のご状況とは全然重ならないところなので、参考にならないかもしれないです。実際、その当時は、3人に1人が会社を去っていくような異常事態でした。生産力を3分の1減らすと一言で言っても、機材やパイロット、客室乗務員、路線や運航便を減らすというのはイメージしやすいですが、私たちのような間接部門は、ビジネスの規模が3分の2になったからといって直ちに業務量が3分の2になるわけではなく、それどころか事業の建て直しのために仕事は普段以上の量になり、この状態を持続的に進めていくためには、働き方自体を変えていくしかなかったという事情があります。
そういう意味では、ある意味恵まれているという考え方もあります。何かというと「働き方改革」というのは、意識改革で、もっと言えば経営改革そのものと感じるからです。経営トップに働き方改革を進める意志がない中での働き方改革というのは、恐らく難しいんだろうなとは感じています。そのため、改革を進めるために必須の経営トップの意識改革は既になされていた点が、皆さまとは少し背景が異なると考えています。

ーー ご参加される企業の皆様も、その意識改革のところで苦労されていると伺います。

【神谷】 そうですね。経営破綻したからといって全社員の気持ちが1つになるという、そんな簡単な話ではなく、意識改革は皆さんと同じように進めていかないといけませんでした。経営層の意識改革、また、社員全体の意識改革、この2つを同時に実行しないといけなかったなら、私達も働き方改革実行のハードルは今以上に高かったと思います。幸いにも経営層の改革への意志は強かったので、進めやすかった背景がありました。

この4年間の働き方改革に関する成果
ーー 先程おっしゃっていたように、改革の道半ばかもしれませんが、この4年間でどのように取り組まれてきたのか、全体の流れをお伺いできますか?

【神谷】 元々のきっかけというのは、2010年の破綻を契機として、少ない人数で事業を継続しないといけないという事態に陥ったなったことです。そこで、業務内容自体を見直していくということになりましたが、簡単な話ではなく、まずしないといけなかったのが、人材の流出抑制や採用競争力の低下を押し止めるということでした。それをしないと、会社自体が維持できません。そのため、それらの目的を達成するために誰でも活躍できるような環境に変えていくということが最優先の課題でした。具体的には、グループ会社の位置づけを2011年に変更しました。それまで、それぞれの会社で社員採用をしていて、本社から子会社の要職につくということは行われていたのですが、「グループマネジメントポスト」という仕組みを採用し、子グループ会社から本社に異動して要職に就くということができるようにしました。これは海外支店においても同様で、地域採用の社員でも支店長になれ、また本社の主要ポストに就くことも可能となりました。

 他に行なったのが、2012年からの、給与体系の抜本的な見直しです。具体的には、会社の役職を全てをポスト制にし、年功序列の給与体系を排除しました。そのため、つまり、能力があれば年齢や出身会社に関係なく、そのポストに就くことが可能で、かつ、その給料はポストに定められた金額になります。

さらに、その後に女性活躍に向けた施策にも力を入れました。半分を占める女性社員の内、管理職はまだ2割弱しかいません。出産や育児のために、業務を離れざるを得ない状態になるのがその理由の1つです。また、仕事の中で「結果」を出すため、男性であれば、残業や週末出勤もできることが多いですが、女性の場合は小さな子供を抱えながらだと男性のようには働けません。その結果、男性社員と競う前から、女性社員が諦めて管理職になる意欲を失う、もしくは辞めてしまう場合もあります。そこで、2015年から女性にもより一層活躍してもらうために、働く環境の見直す必要があり、それが「ワークスタイル変革」の取り組みに進化しました。

現場からの反発や戸惑い
ーー 実際、数々の改革を矢継ぎ早にされた印象がありますが、現場からの反発や戸惑いなどはありましたか?

【神谷】 ありました。3年程前は、まだワークライフバランスという考え方が社内に浸透していなくて、社員に早く退社するよう促しても、少ない人数で頑張っているのに、「なぜそんな事を言うのか?」「早く帰れるならとっくに早く帰っている」という反発や戸惑いがありました。

社員が戸惑うのは、遅くまで仕事をするというのが昔からの仕事のスタイルで「当たり前」だったからです。実際、昔と比べて、現在の仕事が楽になっているかというと、そんなことはありません。それでも少ししずつ残業が減ってきたのは、徐々に社員の意識が変わってきた表れだと思っています。

ーー なるほど…なかなかそのような社員の意識変革は難しいと伺いますが、どのように進められたのですか??

【神谷】 風穴を開けていくという意味では、始められるところから始めるという考え方です。具体的には、当時の社長の声掛けで、まずは取り組む意思を表明した役員の組織から始めました。

ーー 部門別の手挙げ制というのはいつ頃から実行されていたのですか?

【神谷】 確か2013年から2014年にかけてだったと記憶しています。

ーー となると、女性活躍の取組を進めながら、希望部署の業務改善も、同時進行で進められたということですか?

【神谷】 そうです。この頃は、女性活躍からワークスタイル改革に移行していった状態ですね。そこまで明確な線引があったわけではないです。

「不夜城」と呼ばれた部署が「他部署に異動したくなくなる」程満足度が高くなった経緯
ーー ワークスタイル改革の中の「部門ごとの手挙げ制」を、神谷様の部署が、どのように支援されたかをお伺いしてもよろしいでしょうか?

【神谷】 その前に、まず調達本部の状況について簡単にお伝えします。もともと調達本部という部署は、破綻前は大きな組織ではありませんでした。しかし、経営破綻後、コスト削減の為に集中購買をするようになり、国内支店や海外支店の一部まで統括で見るようになりました。例えば鉛筆といった細かいレベルまで管理するようになりました。その結果、世界中から情報が集まり、コントロールしないといけなくなり、部署の人数が数倍になりました。それでも、仕事が追いつかず、残業が常態化し、他の部署から異動したくない部署になってしまいました。
そこで、ワークスタイル改革を実行した結果、部員の満足度も上がり、他の部署に異動したくないというくらいの組織に変身しました。とは言っても、取り組み始めたばかりの時は、「今度そういう取り組みをするんだね」くらいで皆あまり興味を持っていませんでしたが、オフィスのレイアウトを変えたり、休みを取りやすくしたり、在宅勤務を導入したり、といった様々な施策を採り入れていく内に、相乗効果が出てきて、満足度の高い部署が出来上がりました。
特にお子さんを持つ女性にとっては、他の部署、言うならば一つ壁を挟んだ隣の部署というだけで、働きやすさが全く異なるため、他の部署にはもう異動できないというくらいの部署になっています。
さらに、その部署の働き方の利便性や満足度の高さが口コミとして広がっていき、他の部署の人達も自分たちもそろそろ採り入れないといけないという認識がじわじわと広がりつつある、そんな状況です。

神谷様の部署が具体的に取り組み、苦労された点

【神谷】 私の部署では、調達部のトライアルの側面支援、そして、トライアル後に改革をスタンダード化し、他の組織にも適応できるよう仕組みを整理しました。
側面支援というのは、在宅勤務やフレックスタイム制は、会社全体のルールで規定されるべきものなので、調達部が自分たちだけでは作れません。それらの施策を暫定的に認めてあげて、一緒に運用していくというのが側面支援です。
そしてもう1つの仕組みの整理というのは、調達部がトライアルした成果を整理し、汎用性があり他の組織でも対応できるものがあれば、メニュー化し、他部署に展開していく、ということです。
ワークスタイル改革を進めるにあたり、調達部の中で自由にローカルルールを決め、実行するのは問題ありませんでした。しかし、会社全体への展開となると、IT化や制度など様々な課題が出てきます。例えば、支店を含めて、内線を携帯電話で通話するとなると、ちゃんとした設計や能力増強など考えなければならないことはいっぱいあります。他にも新たに導入する机やレイアウトについては将来の組織改編時に机を移動させなくてよいように、予め標準のサイズににしておく必要があります。

ーー そうだったんですね。

【神谷】 トライアルの効果は、定量よりも定性的なことを重視していました。むしろ、数字で図れる部分より、実行することに意味があると考え、会社の組織に風穴を開けたことに価値がありました。
しかし、全体への展開となると、ワークスタイル改革に対しての投資額、そして、リターンの度合いを示さなければなりません。今でこそ当たり前になりつつありますが、3年前の段階ではまだ、改革案を提示しても、懐疑的な反応でした。例えば、会議室にモニターやプロジェクターを導入するのに10カ月間も期間がかかっています。新しいワークスタイルを体験した事がないと「ノートパソコンなんて持ち歩かないよ」とか「携帯電話よりも固定電話の方が耳に挟めて仕事しやすいよ」とか「家で仕事してなぜ生産性が上がるの?むしろセキュリティリスクが高まるだけじゃないの?」というように、考える人もいます。そのように、部署内だけで展開するのと、全社的に展開するのは難易度がかなり変わります。

ワークスタイル改革の副次的な効果
ーー 生産性という観点もあると思いますが、副次的な効果として、例えば採用に影響が出るようになったなどはありますか?

【神谷】 定量的に計測はしていませんが、感覚としてはあります。女性にとって仕事選びの際のワークスタイルについての関心度は高いと感じます。採用面接でも間接部門で働きたいと思っている女性は、その企業で長く働けるかどうかを気にする女子学生が多いと感じます。

気になる評価制度は?
ーー 部門別に手挙げ制を導入されていますが、成果が出た部門の評価が高まるなど、実行する社員のモチベーションは、どのようにしているのでしょうか?

【神谷】 私たちの取り組みは働き方を変えることで、残業代を始めとした人件費削減が目的ではありません。このため、重視する数値としては、総労働時間していて、残業削減というのは一切表に打ち出していません。労働時間を削減できるという意味では「残業しないでください」というよりは、ワーケーションも含め、「有給休暇をちゃんと取得してください」とを強調しています。

ーー ありがとうございました。ご講演を楽しみにしております。
実質の月間残業時間はたったの4時間
ーー 総労働時間は、ここ数年でどれくらい変わりましたか?

【神谷】 総労働時間は1,850時間を目標としています。内訳の目安としては有給休暇20日全取得、月間の残業24時間がその目安です。しかし、昨年は目標数値に若干及ばずという状況でした。

ーー 具体的には、どれくらいでしょうか?

【神谷】 具体的には月間の残業時間は7.8時間です。しかし、昨年度の数値は11月までに40年近く使用していた予約システムを刷新し、相当なリソースを使ったので、その影響も大きいと思います。このため実際には、月間残業時間は4時間にもっと近かったと思っています。社員の意識がかなり変わってきて、有給も取得するようになりました。労働時間も減り、実態と申告と労働時間との乖離も許容できる範囲に減っています。

「残業代の生活費化」について
ーー 今回フォーラムに参加される方で製造業の方とかも多いのですが、よく伺う話として、残業代が一部生活費と化していて、そこを削ると社員の方のモチベーションが減るのではないかと心配されている会社様がいらっしゃいます。その時の対策として、何か社員の方に還元した方が良いのではないかという意見もありますが、貴社はその点に関してはどのように取り組まれていますか?

【神谷】 そういう話は確かに弊社でもありました。しかし、私はそこは切り離して考えています。確かに生活費化は、現実問題として存在していると思います。しかし、そのようになっている社員が大半かと問われれば、そんなにはいないという認識です。もしかすると、今でも、一部の社員は給料が減っているということに対して不満を持っている人がいるかもしれません。ただ、不満を耳にする機会は極めて少ないです。給料は多少は減少しているかもしれませんが、生活に支障が出るほどではないですし、元々凄く残業代が出ていた訳でもありません。残業代が減少するよりも、定時で業務が終了するメリットの方が多いと感じているのではないかと思います。生活の豊かさが向上したとまで言うと、少し大げさですが、今のスタイルに慣れてしまうと、逆戻りはできないのではないかと思います。そのため、多少の残業代をもらっても残るほうが苦痛と感じるのではないかと思っています。

ーー 特に離職が増えたなどありますか?

【神谷】 全くないです。反対に離職は減っています。確かに残業代を減らした部分を、何か別のかたちで還元できないものかと話題には上がります。今後、総労働時間1,850時間を達成したら、具体的な提案が上がるかもしれません。現在は何もありません。もともと、人件費削減を目的にしているわけではないので。

ーー 人事の方が「総労働時間を減らそう」と言うと、人件費の削減をもくろんでいるのではないかと勘違いされることも多いと聞きます。

【神谷】 残業削減という話は一切していなくて、総労働時間を全体に減らしていきましょうとしか伝えていません。ただ、どちらかというと、有給休暇を全取得して欲しいという点に力を入れています。というのも、有給を1日取るだけで労働時間は8時間減ります。それが、10日間有給を取得していないとなると、80時間です。80時間というと私たちにとっては相当大きい数字だからです。

働き方改革に王道なし
ーー ありがとうございます、では、今回参加される方に一言メッセージをお願いできますでしょうか?

【神谷】 色々な施策を実施してきた中で感じるのは、働き方改革とは経営改革そのものであり、王道はないということです。トップが強い意志を持ち、それに向かって全社員が粛々と地道に取り組んでいくしか方法ないと私は考えています。よく「即効性のある方法」「最も効果が出た方法」を教えて欲しいと言われるのですが、むしろ「そういうものがあったら逆に教えて欲しい」とお答えしています。やれることはできる限り取り組んできましたが、効果のないことの方が正直な話多かったです。それでも、少しずつ良くなってきている実感はあります。でも、それも何が劇的に効果があったかは分からないです。働き方改革というのは、人の話を参考にして採り入れることで劇的に変えられるような代物ではない、自分達で覚悟を決めて取り組むしかないものだと思っています。コンサル会社にお願いしたこともありましたが、うまくいかなくて、結局は自分たちで取り組みました。

なかなか表に出てこない失敗の話
ーー メッセージの後で恐縮ですが、効果のなかった施策の具体例などはありますか?

【神谷】 例えば、会議のルールとして、時間の制限をかけたり、事前にレジュメを送って議事録を配ることをルール化しても誰もなかなか守りまってくれません。 確かに、それを実行すれば、効率がよくなるケースもありますが、会議の大きさや重要度などケースバイケースで、一律のルールで必ずしも作業効率を上げるほど単純ではありません。
一方で、メールを出す時刻や会議の時刻の時間制限を一度決めたら、それらが一挙にマナーになったりもしましたし、何が効くのか効かないのか、やる前からは分からないです。

ーー それこそ試行錯誤しながら、トライアンドエラーを繰り返して、自社に合うものをつくり上げてきたということですね。即効性のあるような施策が何であるかが明確であれば、皆さんこんなに悩まれないですものね。

【神谷】 そうかもしれないですね。でも、全体の取り組みを考えると、形にするのもあ る程度大事です。意識改革ばかり行っても、時間がかかり、目に見えないので、実感がわかず、疲弊してきます。 だから、社員のモチベーションを上げる為にも、目に見える形にするのはある程度必要だと思います。
実感してもらいやすい施策としては、社員の固定席を無くすフリーアドレスが最も分かりやすいと思います。 そして、フリーアドレスの話が済めば、次にテレワークの導入の話が出てくると、さらに実感してもらえます。 テレワークを体験したことない人からすると「本当にそんなことをやっていいのかな?」と不安になります。でも、試しに実行してみると、集中できるなとか、気持ちが楽だなとか、感じてもらえます。満員の通勤電車に乗らなくていいと思うだけでも気持ちが楽です。 正直、所属によってはわりと厳しく、管理職によってはネクタイをした写真をメールで送ってから スタートを求める方もいるようです。それぞれの業態に合わせたやり方なので正解はないと思いますが、私の組織ではそこまで厳しく求め ようとは思いません。 あくまで間接部門は結果重視だからです。結果が出せれば別にどんな格好で仕事しても 良いと個人的には思います。

ーー ありがとうございました。当日のお話を非常に楽しみにしています。