【菅】 今現在はAPEX(アペックス)というパーソナライズブランドのブランドマネージャーを務めています。弊社でのブランドマネージャーという立場は、実は専属の組織を持っていません。社内にある機能別の組織を横串でマネジメントしています。現在13の部門からメンバーに参画してもらい、そのメンバーを中心に各部とさまざまな交渉や取り組みを行っています。そのため、部門の中には私の名前しかありません。専門のメンバーもいなくて、予算も持たないで、思いと熱意で社内を駆けずり回っているという立場です。
【菅】 POLA(ポーラ)という会社は機能別に部門が細分化されています。一番川上に商品企画部やデザイン研究室というものがありまして、商品を作るだけではなくて肌を分析するという仕組みを作るために研究部門、生産部門もメンバーとして参加してもらっています。他にも物流があったり、全国のスタッフたちを教育する専門の部門や宣伝、営業、あと店舗開発を行う部隊、CRM、かなり大きなインフラを後ろに抱えるので情報システムなど、かなり多岐にわたるメンバーです。
【菅】 そうですね。もともとPOLA(ポーラ)の中でも代表的なブランドがこのブランドマネジメント制というのを取っています。時に、バリュー・チェーンで上から下に流れていくときに、途中で提供価値がねじ曲がっていってしまったり、せっかく作ったものが実は店頭では効果的に表現されていなかったりということが起こりえます。「それを1本串刺しで常に見ている人間を作ろう」ということで、ブランドマネジメント制を取っています。
【菅】 そうだと思います。単純にPLですとかBSというふうな数字面の管理というわけではなくて、ブランドの価値そのものが常に会社の機能を使って最大化されることを最初から最後までコントロールしていく立場ですね。
【菅】 APEX(アペックス)というブランドは、実際にお肌から細胞やキメの情報画像をいただいて、その画像から独自の分析をすることにより、お1人お1人にスキンケアやベースメイクをパーソナライズしていくというものになります。今でこそ「パーソナライズ」という言葉が日常的に聞かれるようになったのですけれども、1989年、つまり30年前の誕生当時は「パーソナライズ」という考え含め、全く新しいブランドとして打ち出されました。APEX(アペックス)は肌を見て、分析をするというところに大変な投資をしているブランドでもあります。ブランド誕生時から、セロテープのような物で肌から細胞を採取し、それを独自のセンターに送り、染色した状態で、顕微鏡で分析し、お肌の情報が明らかになるというプロセスを提供してきました。この特長があるがゆえに、POLA(ポーラ)の中では非常に個性の強いブランドとして、ビューティーディレクターと私たちが呼んでいるビジネスパートナーの皆さんのよりどころにもなり、また「他社でいろいろ化粧品を探したけれども、ピッタリのものが見つからない」というお客様たちにも大変喜ばれております。そしておかげさまで30年になります。
【菅】 この世の中、時間というものの価値はとても大切です。「欲しいと思ったときにすぐ手に入る」や「探したいときにすぐ見つかる」ということに価値が置かれているのですが、ご講演の中でお話ししたいポイントがそこになります。このAPEX(アペックス)というブランドが30年前に生まれたときは、実際に肌の細胞やキメの情報を頂戴し、分析をし、お戻しするという一連の流れに物理的に時間がかかる、そのような設計のブランドでした。発売当初はお客様にお戻しするまでに1ヶ月ほどかかっていたと聞きますが、「さすがにお待たせしすぎだろう」ということで、30年かけてどんどん短くしてきました。2019年の6月までは、分析してお戻しするまでに1週間、サンプルをお出しして試していただいて、実際ご購入いただくまでにさらに1週間ということで、お手元に実物が届いてケアをスタートできるまでに2週間以上お時間を要していました。
【菅】 実際、私たちのビジネスにとってはポジティブな面もあったのです。化粧品というのは1回買ったらお客様側に主導権がありますので、次また来ていただけるかどうかは分かりません。しかし、このAPEX(アペックス)は、お肌の情報を取ってお戻しするときに再びお越しいただけます。さらにサンプルをお使いいただいて、商品をご注文いただくときにもう一度お越しいただくことができます。このように、お客様との接点がたくさん持てるというところが私たちのビジネスには非常にフィットしていて、時間がかかることが逆にメリットになっていました。ただ、時代が変わり、徐々にデジタルな世の中になりますと、この一番の強みが一番の弱点に変わってきてしまったのです。では、「この弱点を補っていかなければいけない、変えていかなければいけない」といったときに、もう1つ立ちはだかってきた課題が、「この仕組みそのものを完全にデジタル化できるかどうか」ということと「全国にいるビジネスパートナーの皆さんたちがデジタルに変わったビジネスモデルにすぐフィットできるかどうか」という2つのことだったのです。
【菅】 まず肌を分析するという意味で、「どうしたらデジタル化できるか」ということですが、もともと肌の表面から写真で撮った画像をデジタル化する方法というのは他社さんでも扱われています。ここは比較的「こうすればできるだろう」という予測は立っていたのですけれども、「肌から細胞を取る」というのは物理的にその物がないといけないので、「ではどうやって、実物を送っていたということを補おう」ということになりました。店頭で撮影ができるカメラの倍率では細胞までキャッチできません。本当に店頭で細胞を見ようと思うと顕微鏡が必要で、また、焦点を合わせるために中の機構が複雑になるので非常に大きなカメラになってしまうので「これは店頭サービスに向かない」という結論になりました。「それではどうやったら細胞をデジタル化して分析に乗せられるのだろう」というところで実は遡ると20年ほど前から検討を続けてきました。ところが、なかなか「これだ!」という解決策が見つからなくて、最終的には「一番の強みを捨てよう」という究極の決断をしました。ここで私も本当に眠れなくなるような毎日を過ごしましたし、下手をするとブランドの価値が損なわれるかもしれない判断をしなければいけないという立場でしたので、大変な覚悟が必要でした。
【菅】 そうですね、先ほどもお話した「時間が価値である」ということが、やはり時代の流れとともに女性もだんだん忙しくなり、お客様が「待つ」ということのストレスを抱えはじめ、「待つのであればいりません」と接客の場面で言われるようになってきたということがあります。ビジネスパートナーの方はそれを自分たちの話法で必死で補う必要が出てきましたし、実際にサンプルが来たころにはお客様のお気持ちが半分以上冷めてしまっていて「使いだすときのモチベーションが上がりきらない」というようなことが起きるようになりました。このように、お客様にもビジネスパートナーにも、どちらにもストレスを与え始めたということが見えてきたため、即時化をしていくことがマストとなりました。その即時化をしていくために捨てるものがあまりにも大きかったので、私たちは捨てるという覚悟をしたからには、今まで以上の価値を逆に生み出さなければいけません。その新しいものを生み出すところにもやはりかなりの時間を要しました。
【菅】 一貫してブランドが発していくメッセージは変わらないです。それは「肌は1人1人違うもので個性だからこそ、誰かと同じにしない。だからケアも1つではない」ということはブランド誕生以来変えていません。ただ、提供の仕方は時代によって変化していくべきですので、「肌を見る」ということは変えないのですが、見る方法を変えていきます。あるいは「肌にフィットする商品をどのようにして確かめていただくか」という方法を、これまではサンプルを提供するという形で補ってきました。ここも実は大きく変革させたところで、店頭であえて確かめていただく、自分でも好みを選べる、のように変えました。
【菅】 はっきり判断をしたのは2014年のリニューアル後です。ちょうど2015年、2016年ごろに判断を下し、そこから一気に方法を変えていくということで、開発に入りました。
【菅】 はい、そうですね。このブランドはちょうど5年ごとに大きくフルモデルチェンジをしているのですけれども、前回のリニューアルが14年の7月でした。実はこの時にも「デジタル化しよう」と頑張ったのですが、細胞のデジタル分析というものがかなわずに、肌画像を撮るという方だけデジタル化をして、片方は旧来のやり方で残したのです。その結果、大変複雑なビジネスモデルになってしまって、だいぶ混乱しました。それでも「何か足掛かりを残してまた再チャレンジしたい」という気持ちがあったので、少し無理を通して「今度こそ」と行ったのが5年前だったのです。普通ならそこでいったん立場を追われてもおかしくないのですが、会社が再チャレンジをさせてくれましたので、「今回は何としても達成しよう」ということで5年越しです。
【菅】 業績としては、少しずつアップはしてきていました。しかしアナログな手法を取っていたことで、私たちは相当なビジネスチャンスも捨ててきたと思っているのです。それが「時間がかかるならもういいです」というふうにお客様からお断りをいただいてしまうといったところが一番の理由になります。
【菅】 お1人お1人の肌に応えていくということは全く変わらないのですが、これまではどちらかというと化粧品業界全体が「肌悩みを解決する」や「肌のマイナスを補う」という視点でのものづくりが多くなっていました。私たちも肌を分析できるがゆえに、肌の弱点を探すことが得意だったのです。「今、肌のここの部分が少しトラブルを起こしています。では、それを補うためのケアをしましょう」ということでラインナップを揃えてきたのですけれども、実は最近の20~30代の女性たちというのは、幼いころからUVケアを行ってきているので、もともと肌がきれいなのです。そうなりますと、彼女たちが求めるのは悩みの解決というよりも、これからの肌づくり、「未来も自分らしい肌でいられるための投資をしたい」という感覚になっているので、分析も肌の未来が分かるということの分析に項目を置いて、商品の方もその良さを引き出していくというのでしょうか。「未来に向けて今から力を蓄えていく」というふうな設計で成分処方なども考えるようにしました。
【菅】 実際に乗り越えていくのはここからになるのですけれども、若い世代で、デジタルが得意なビューティーディレクターたちが全国にいますので、そこを起点に盛り上げていくというのが1つだと思います。お店の中に1人でもそういうスタッフがいると、どんどん周りは巻き込まれていきますので、「そういう人材をより上に引き上げていきたいな」というふうに思います。
あと1つはお客様の方です。やはりデジタルの得意なお客様と出会っていくということがあります。最近の20代、30代の女性たちというのはデジタル世代、デジタルネイティブと呼ばれていて、彼女たちと店頭でデジタルを使って楽しいカウンセリングを行うというのが1つの突破口になると思っています。美容業界もデジタルを使い始めるところも多くはなっているのですけれども、「そこの演出というのが果たして解説型にとどまっていないか」ということがあると思うのです。そのため、1つは私たちがタブレットを使って接客をするときにも、UIやUXにとても気を遣って、セレクトしていく楽しみのようなものを一緒に共同作業でできるような作りにしているのです。専用アプリもどんどん充実していきます。世の中にはたくさんいい物があると思うのですけれども、APEX(アペックス)が一番大事にしてきているのは、デジタルが独り歩きしない、できるだけビューティーディレクターとお客様がリアルな場面でコミュニケーションを取るということの良さです。デジタルもそこの演出の一部ですね。そういう作りということに気を付けることによって、「おかげさまでとても楽しかった」というふうなお声をSNSに上げていただけるようになってきました。
【菅】 そうですね、デジタル投資も大きいですし、ビジネスの習慣を変えるということなので、「そういうことを将来やらなければいけない」というムードは社内には芽生え始めていたのですけれども、「それにしては投資が大きい」ということでなかなか立案が通らなかったというのは確かでした。ただもともと、時代的にもそういうムードに向かっていったということと、私自身の社内での働きかけ方の強みを後押ししてくれたのが実はユーザーの皆様のお声だったのです。ブランド誕生から30年間ずっと使い続けてくださっているお客様ですとか、期間は短いのだけれども「もうゾッコンです」と言ってくださるお客様とコミュニティを形成していますが、彼女たちが「APEX(アペックス)が大好きだけれど、我慢して使っている」という表現をされるのです。「なかなか届かない」「今すぐ欲しいのにすぐ手に入らない」ということをおっしゃいます。ブランドというのは、どのブランドもこういうロイヤルユーザーの方々が支えてくださっています。「ここを失ったらどうなるのだろう」という強烈な危機感を持って、社内での立案の時もそういう声をどんどん出すようにしていったのです。それがないと、数字や社内の理屈だけで立案がなされていくので、その本気感や抱えている危機感などがどうしても肌感で伝わらなかったのです。しかし、そのお客様との接触を、私1人ではなくだんだんメンバーを増やしていって、あちこちでそういう声を出すようにしていったことで、やはりムードが変わり始めました。そこに時代の後押しもあり、他社さんもどんどんデジタル化を進めてきたということもあって、一気に形勢が変わってきたということがあります。
【菅】 ありましたね。パーソナライズドブランドなので、実はノンターゲットになりがちなのです。ここが、戦略を考えるときに焦点を絞り切れない原因でした。若年の方に向けてやろうと思うと「では50~60代の方はどうなるのだ」のようなところで、常に中庸の判断をせざるを得ませんでした。ブランドとしての個性を際立たせられなかったのですが、今回は「20~30代の、特に未来志向の強い方々」という戦略ターゲットに絞り込んだのです。それは、そういう女性たちが今からの世の中を引っ張っていく女性たち、オピニオン・リーダーになっていくからでもあるのですけれど、「この人たちがまさにパーソナライズ市場というものをけん引していってくれるのであれば、彼女たちと共創していきたい」と思ってターゲットを絞りました。
【菅】 そうですね、ここまではっきりと明言したのは今回初めてです。
【菅】 どちらも行っています。ウェブ上でもやりますし、時々その方たちと私たちが直に会う、ということでリアルも行っています。今、1,000名ほどいらっしゃいます。リアルイベントの時は地方開催もするのですが、実は交通費も半額しかお出しできません。それでも飛行機を乗り継いで来てくださったりするぐらいのコアな方たちがいらっしゃったりして、とてもありがたいですね。
【菅】 そうですね、ほかの会社さんならば「そういうコミュニティの方々の声を使って拡散をしよう。そして新たなお客様との接点にしていこう」と皆さん考えられると思うのですが、私たちのコミュニティの利用の仕方というのは少し異なります。自分たちの企画の精度を上げていくことであったり、いろんな調査も膨大な費用をかけて、ずっとマスの情報を集めるのですけれど、実は3人のお客様に聞く方がもっと深掘りできたたりするので、そういうリサーチの場としても使っています。
【菅】 実は私は、この仕事を通じて大きく3つの発見がありました。 1つは、皆さんもブランドというものをリニューアルすることを行われると思いますが、「一体このブランドは何のために世の中に存在しているのか」ということに常に立ち返らないと、目先のブランドコンセプトを作ってしまいがちなのです。私自身も30年間、提供したい根幹は変わらないけれども、手法は変わるということで、その手法のところをコンセプトにしがちだったのです。それで間違った選択を何度もしてしまいました。そのため、「そのブランドの使命に常に意識を向けましょう」ということは何度もメッセージをしたいなと思っています。 そして2つ目が、常に使命を考えるためには、視座と視野が変わっていからなければいけません。上にも下にも、横にも斜めにも行かなければいけないのに、会社の中に留まっていると絶対に狭くなってしまうのです。そういう時に、自分の中に異分子の情報を入れないといけません。そのために意識して「異業種だからこそ情報交換していきましょう」と行動する勇気が必要です。 最後の3つ目が、私たちは5年に1回のフルモデルチェンジをしていますが、これからの世の中はきっとそんなスピード感では取り残されることになると思います。多くの企業の方がいろんな社内決裁を取るのに時間をかけて苦労されていると思います。そんな時に、私はこれから自分もチャレンジしていきたいのですが、例えばスタートアップの皆さんと協働してスモールスタート、検証、そして見直しという、このサイクルを細かくつないでいって本格的なビジネスモデル変革というステージへつなげていった方が絶対に時代とともに歩んでいけます。そういう会社の方々と私自身も出会っていきたいなと思います。