ーー この度は弊社のフォーラムでのご講演をお受けいただき、誠にありがとうございます。弊社のフォーラムにご参加される方の中には食品のメーカーの方が多く、ぜひ御社の話を聞きたいという方が多数いらっしゃいます。皆様非常に楽しみにされています。 ご講演に先立ち、改めて御社の概要と小嶋様(以下、敬称略)の現在の業務、そしてリニューアルプロジェクトを担当されていた際のお話をお伺いできればと思います。
まずは御社についてお伺いできますでしょうか?

【小嶋】 かしこまりました。当社は焼き肉のたれをはじめとした家庭用の調味料と、業務用のラーメンスープ等、“たれ・素・スープ”を基幹商品とした食品メーカーです。国内では『焼肉のたれ』などの肉まわり調味料や、『浅漬けの素』などの野菜まわりの調味料、それから鍋物調味料と、あと『横濱舶来亭カレーフレーク』といったカレールウなどを展開しております。近年では、ポーションタイプの「プチッと鍋」という商品を皮切りに、個食・使い切りニーズに対応したアイテムのラインナップを広げていて、こちらに関しては、少人数の世帯や、家族で一緒の時間にご飯を食べられない、というようなお客様から支持をいただいており、非常に好調に推移をしております。
私自身はマーケティングの部署に来たのが7年前の2011年です。そこから「黄金の味」も含めた焼肉のたれのカテゴリー担当者として、昨年までマーケティング部におりました。今年は部署が変わりまして、テレビCM・店頭ツール等の広告宣伝や自社HP、SNS等のWebメディア、広報PR・CSRを含め、商品およびコーポレートコミュケーション全般を担当する「コミュニケーション部」という新しい部署が設立され、4月より部長として取り組んでおります。

ーー 昨年のお仕事から業務範囲が幅広くなられたんですね。

【小嶋】 そうですね。商品のブランドをどのようにお客様にお伝えするのか、戦略を考えていくのが昨年までの部署でしたが、今年はそれらも含めて実際にお客様に情報を発信する側に回りました。

ーー ありがとうございます。それでは、早速ですが、「黄金の味ブランドの刷新」というテーマでご講演いただきますが、最初の項目として、「39年目にして初めての大幅リニューアル」を伺っておりますが、概要をお伺いできますでしょうか?

【小嶋】 『黄金の味』は1978年に発売されて、今年度発売40周年を迎えた焼肉のたれのトップブランドです。ホットプレートの食卓への普及や、家庭でお肉を楽しむ食文化の発達と相まって、日本全国で長年にわたる支持をいただいてまいりました。近年、共働きの世帯の増加や、世帯人数の減少、人口減、超高齢化という社会の環境の大きな変化と、お肉の消費環境も大きく変わっている中で、元々支持していただいている黄金の味の良さはそのままに、よりおいしく、より使いやすく楽しんでいただけるように、リニューアルを行いました。

ーー リニューアルのお話は、ここ数年で始まった話ではなくて、5年、10年という中期的なスパンでの議論なのでしょうか?

【小嶋】 実際にリニューアルプロジェクトが立ち上がったのは2015年ですので、2年間かかった社内プロジェクトになります。

ーー リニューアルプロジェクトの始まりは、トップダウン、それともボトムアップなのでしょうか?

【小嶋】 マーケティング部を始め、全社のメンバーとの議論を重ねた上で、経営層にリニューアルの提案をして、そこからプロジェクトが進んでいきましたね。

食肉市場の活況に比例しなかった焼き肉のたれ市場
ーー そのプロジェクトが始まるまでの市場の状況はいかがでしたか?

【小嶋】 先ほどお伝えした通り、お肉の消費量自体は非常に伸びていたのですが、焼き肉のたれ市場全体は肉の成長率に比べると、大きくは伸びていない状況でした。
理由としては、皆さんが召し上がるお肉料理のメニュー自体が非常に多様化していることが挙げられます。ご家庭でも、焼き肉のたれだけではなく、ステーキソース、ハンバーグソース、しょうゆ、ぽん酢、塩コショウなどさまざまな調味料や食べ方で召し上がる方も増えているかと思います。そうしたニーズの多様化が進む中で、そういった状況を考慮して、焼き肉のたれとしての美味しさや、品質、使い勝手の良さをより一層磨くことで、焼き肉のたれ市場全体の活性化にもつなげるというのが、今回のリニューアルの1つの目的でもあります。

リニューアル・リブランディングで変えた点、変えなかった点
ーー 社会環境や消費者の嗜好の変化、求められているお肉の変化を踏まえた上で、リニューアルを決定されたということですが、今回のリニューアル・リブランディングで、変えなかったコアな価値や、逆に変えた点というのは、どういったことなのか、具体的にお伺いできますでしょうか?

【小嶋】 その点に関しては、最も大事なところですので、社内でも議論を重ねました。「黄金の味」の変えてはいけない独自の価値というのは、発売以来変わらず大事にしてきた『果実をたっぷり使ったフルーツベースのたれ』というところでした。こちらの模型をご覧頂ければと思いますが、商品の3分の1はリンゴが入っていて、それとモモ、ウメというフルーツがベースになっております。この果実のもたらす味が、変えてはいけない点です。

ーー すごいですね、こんなに入っているんですね。

【小嶋】 はい、さわやかな甘さや、お肉を包み込む自然なとろみは、フルーツをこれほどふんだんに使っているからこそ実現できるので、他の商品にはない独自の価値として、しっかりと残して守っていこうと考えました。 また、お客様の声を聞くと、「黄金の味らしさ」として、ボトルのシルエットや、ラベルデザイン、そして、黒、赤、白というテイスト別の色のデザインなども、お客様の頭の中でブランド価値としてしっかりと根付いていることが分かりました。そこも変えてはいけない価値だと感じました。

ーー まさに、今おっしゃっていただいたような「変えるべきところと変えるべきではないところをどのように見極めていくかが難しい」と、参加頂く皆様が口を揃えておっしゃるのですが、その点を決める際に苦労されたり、悩まれた所というのは、どういったことがありましたか?

【小嶋】そうですね、今回実際その点を突き詰めていく中で、社内をはじめ、流通取引先様、お客様といったさまざまなステークホルダーの方々、さらには現在進行形で『黄金の味』をご愛用いただいているお客様や過去に『黄金の味』を使っていたけれど現在は使われていないお客様など、実に幅広いステークホルダーの方々にインタビューを行い、ご意見を伺いました。社員はもちろん、流通の方やお客様にとっても変えていい所と変えるべきではない所とは何か、ご意見を伺いました。またお客様は『黄金の味』のどこに強い印象や価値を感じていただいているのか、という点も幅広く聞いたうえで、それらの意見を集約しながら、社内のプロジェクトチームで何度も何度も議論を重ね、黄金の味のコンセプトというところを改めて見出していきました。その点に関しては実際にしっかりと時間をかけてつくりあげていきました。

ーー マーケティング部の方の少数の意見というよりは、様々なステークホルダーの方々の意見を収斂させたということなんですね。御社ではそのように、マーケティング部の方が議論して、それを経営層に提案したと仰っていたのですが、御社はそういうプロセスをよく取られるのですか?

【小嶋】 そうですね。マーケティング、商品開発、研究所など、それぞれでリニューアルや新商品を含めてアイデアをつくった上で、経営層に提案をするという流れが多いですね。そこからさらにお客様のご意見を取り入れながら改良も加えつつ、営業部ともしっかりと販売の目標を共有した上で、最終的に改めて経営層に提案し承認を受ける、というスタイルで通常は商品開発やリニューアルを行っております。

リニューアルプロジェクトにおいて他部署との関わり合いは?
ーー 今、営業の方のお話が出てきたと思いますが、全国の営業所を行脚して営業の方とお話をされたとおっしゃっていたんですが、その詳細についてお伺いできますでしょうか?

【小嶋】 『黄金の味』は当社にとっても、お客様にとっても重要なブランドであるだけに、リニューアルの失敗は許されないというところもあり、新入社員からベテランまで、各営業担当者が同じレベルの情報量を共有し、自らの取引先様に対してしっかりとご説明できなければいけないと思いました。リニューアルプロジェクト自体についてはもちろんのこと、『黄金の味』の開発の背景などの歴史もしっかりと伝えていくということを意識しました。なぜフルーツベースになったのか、『黄金の味』が全国に普及していった背景など、ロングセラーとしてご支持をいただいていきたこれまでの経緯を伝えた上で、なぜいまリニューアルをしなければならないのか?リニューアルが成功すると考える理由は何か?そして、今回のリニューアルによって流通や一般のお客様にどのようなメリットをもたらすのか、というところも、営業には丁寧に、丁寧に伝えました。そのようにして、営業がリニューアルへの理解を深めるとともに、彼らが自信をもって流通に提案できるようになることを意識しました。そのために、全国各支店・営業所をマーケティング担当者と商品開発の担当者が一緒に回って説明。一度だけではなく、東日本と西日本、それぞれで経営陣と営業担当者を一堂に会した説明会を行い、改めて理解を深めてもらえる場を設けました。

ーー 正直なところ、反対はありましたか?

【小嶋】 ロングセラーブランドだけに、「本当に大丈夫なのか」という不安の声や、「なぜここを変えるのか」「もう少しここを変えたほうがいいのではないか」、という意見や疑問の声もありました。そのような不安や疑問には、しっかり説明し1つ1つ解消していきました。スケジュールとしては、2年間のリニューアルプロジェクトがちょうど1年を過ぎたあたりの頃でしたが、できるだけ反映させていきました。また、よりしっかりと説明できるようなツールやパンフレットなども営業担当者の声も受けていろいろ準備をしていきました。

リニューアルプロジェクト成功の最大の要素は?
ーー 今回のプロジェクトで一番重要だった点はどういったところですか?

【小嶋】 最終的にはエバラ食品という会社が一丸となって、「オールエバラで行こう」と決めたのですが、同じ目的を持ち、同じ方向を向いてすべての部署、すべての社員が一丸となってリニューアルプロジェクトをやり遂げるというふうに姿勢をもっていくのが、一番重要だというように感じました。リニューアルのためには、マーケティングだけではなくて製造の現場や研究所の味づくりの担当者、包材の担当者、その先の原料メーカー様がいらっしゃいますので、とても多くの方に協力をしていただかなければいけません。「黄金の味」という商品に関わるすべての方にとって、リニューアルプロジェクトの意義や、リニューアルすることによる効果というところはしっかり理解していただきました。また、実際のプロジェクトの中でも、ただこちらから一方的に説明するのではなく、プロジェクトのメンバーにも自ら考えてもらって議論をしていく形式をとり、リニューアルしていくことがが自分ゴトになるよう気を配りました。そうやって「自分たちで『黄金の味』をより良くしていくんだ」という意識が醸成されていったことも成功した要因だと思います。先程お伝えしたように、営業部にもしっかり説明することで彼らも巻き込んで全社一丸となる意識も醸成し、経営層からのメッセージ発信も行い、グループも含めて全社的に取り組むんだということが出来たことによって、初めてここまでの規模のリニューアルができたと思いますし、今の成果につながったと感じでいます。

リニューアルした商品のプロモーションについては?
ーー 営業の方々は流通の方々にご説明されると思いますが、消費者の方には、テレビCM、Webプロモーションを通じて、リニューアルした「黄金の味」に関する情報を発信されたと思います。その点に関して留意した点は、どういったことがありますか?

【小嶋】 そうですね。まずプロモーションで一番意識したのは、『黄金の味』が「リンゴをたっぷり使ったフルーツベースのたれ」なんだという独自価値をしっかりアピールすることです。『黄金の味』のおいしさにはこのフルーツの味わいがとても大事であることをしっかりお伝えしたうえで、このフルーツの味わいがあるからこそ、どんなお肉でもおいしく味わえるという、お客様の生活ベースに根付いた気づきとして感じてもらえるところまでをコミュニケーションの目標として考えました。その伝え方も、どういうキーワードで伝えればいいのかという点も含めて、多くの議論を重ねた結果、キーメッセージとして『たれが、お肉を、離さない。』というコピーに集約しました。正直なところ、他にも伝えたいことはあったのですが、それらは削って、このコピーにすべてを集約させました。

ーー 今、リブランディングが成功した段階だと思うのですが、これからどのように発展させていくかという思いはお持ちですか?

【小嶋】 今回のリニューアルをきっかけに分かったことがたくさんあります。たとえば、黄金の味には「甘口」「中辛」「辛口」という3つのテイストがありますが、まだまだ「辛口」や「甘口」を召し上がったことがない方が非常に多くいらっしゃるということが分かりました。今回のリニューアルを機に、召し上がっていただくことで「辛口ってこんなにおいしいんだね」と味わいを実感していただける機会をつくることができました。これまで、どうしても主力の「中辛」を中心とした訴求が多かったので、「甘口」と「辛口」にスポットライトを当てる機会が少なかったことに気付かされました。そこで、今期のプロモーションでは、「中辛」だけではなくて「甘口」と「辛口」、それぞれのテイストのおいしさをしっかりと伝えるということを意識し、「甘口」「中辛」「辛口」の各テイストごとに3パターンのテレビCMを制作し、現在放送しています。そのかいあって、「甘口」は、はちみつの甘さが効いているので小学生の低学年や小さなお子さまのいるご家庭、辛口は辛いものが好きな方や大人同士で焼肉を楽しみたいシーンで支持していただいています。これまで『黄金の味」はファミリー層がメインでしたが、幅広い年代や家族形態のお客様に、それぞれのニーズに合わせて購入いただけるようになってきています。お客様の多様なニーズに寄り添いながら、『黄金の味』のファンを増やしていきたいと思っております。

リニューアルプロジェクトの2年間はどうでしたか?
ーー 2年間のリニューアルプロジェクトについて、今振り返るとどうでしたか?

【小嶋】 『黄金の味』という当社にとっての一番の基幹商品で、大切なブランドのリニューアルというものを、マーケティング分野に関する決定の多くの部分を任せてもらいました。いろいろな方に協力をしてもらいながら結果として実現できたのですが、その過程では、尋常ではないプレッシャーを感じる時もありました。

ーー すごいですよね、失敗できないですよね

【小嶋】 プレッシャーではありましたが、非常によい経験ができたなという想いはあります。会社の立場からすれば、こういった重要なことを任せるというのは、度量の広さがないとできないですし、その点を改めて感じることができたなと思います。
また思わぬ副産物もありました。今回のリニューアルに関わった社内の担当者は、20代前半から30代前半といった若い世代が中心でした。少し脱線しますが、当社の行動指針には「冒険、反論、失敗の自由」という言葉があります。失敗を恐れずにチャレンジをするということですね。その行動指針を体現するかのごとく、このリニューアルプロジェクトにも若い社員が関わって成果を出せたというのは、会社のスピリットにとっても非常に重要だったと思っています。 さらに、関わった社員はもちろん、その周りにいる社員にとっても、改めて商品に対する愛着を持ち直す良い機会になったと思います。会社の歴史から現在までの連なりを改めて学び、自分で語るというところは、会社にとっても非常にいい経験になったのではないかと思います。
ただ、相当パワーが要りますので、もう一度するとなれば相当腹をくくる覚悟が必要ですね(笑)。

プレッシャーを跳ね除けてチャレンジした結果
ーー 失礼な話になりますが、もしリニューアルプロジェクトを実施してうまくいかなかった時に、営業の方からすれば、「あの担当者は何をしているんだ!」となりますし、社内からのプレッシャーは相当のものですよね。

【小嶋】 そうですね。そうならないように、実際に使っていただけるお客様のことを一番に考えました。今まで親しんでいただいた味と全然変わってしまったのではお客様からの期待を裏切ることになります。味のベースは変え過ぎないというのは、1つのテーマだったと思います。あまり大きく変えないながらも、「今までよりもおいしくなったね」と言っていただけるような、価値を上乗せすることにかなり神経を使いました。実際に昔から使っていただいているユーザーの方から、「新しい黄金の味を使ったけれど、本当においしくなった、よくなった」というお声をいただいたときには本当にうれしかったですね。

最後にメッセージをお願いします
ーー 今回参加される企業の参加者の方のほとんどがロングセラー商品を担当されている方々ばかりです。皆様は、どのようにリブランディングしていくかをかなり悩まれています。本を読んで教科書通りにいくものでもないですので。そのため、大変な思いをされている方が多いのですが、参加者の方々に、最後にメッセージの言葉を頂けますでしょうか?

【小嶋】 ロングセラーブランドをリニューアルするというのは、非常にチャレンジングでリスクもあることだと思います。そこで大事だと思ったのは、このブランドに関わるできるだけ多くのお客様や取引先様、社員など、幅広く意見を聞いて、ブランドとして変えてはいけないことは何なのかを見極めることが最も大事だなと思いました。リニューアルをするにあたっては全社一丸となって、絶対に実現させるために丁寧な準備を行うことと、マーケティングの担当者自身が最後まで引っ張り全社を巻き込んでいくリーダーシップを持つことが、リニューアルプロジェクトを実現する時の一番のポイントではないかなと思います。

ーー ありがとうございます。当日より詳しいお話を聞いて頂くこと、非常に楽しみにしています。